CASBで実現する次世代クラウドセキュリティ:基本から導入ポイント、ゼロトラスト連携まで解説

目次

はじめに

ビジネスにクラウド活用が不可欠な今、その利便性の裏にはシャドーIT、テレワークでのアクセス管理、複雑化するコンプライアンスといった新たなセキュリティ課題が潜んでいます。

これらのリスクから情報資産を守り、安全なクラウド活用を実現する鍵が「CASB(Cloud Access Security Broker)」です。

CASBは、クラウド利用の可視化、データ保護、脅威防御、コンプライアンス遵守を一元的に実現するセキュリティの要です。

本記事では、CASBの基本から機能、選び方、導入の秘訣、将来展望までを網羅的に解説します。

CASBへの理解を深め、貴社のクラウドセキュリティ戦略の一助となれば幸いです。

CASBとは何か

Cloud Access Security Broker(CASB)は、企業がクラウドサービスを利用する上で、セキュリティとコンプライアンスを確保するための重要なソリューションです。オンプレミス環境からクラウド環境へとITリソースが移行する中で、従来の境界型セキュリティモデルだけでは対応しきれない新たなリスクに対処するために登場しました。

CASBの役割:クラウド利用の「関所」

CASBは、従業員やシステムがクラウドサービス(SaaS、PaaS、IaaS)を利用する際の通信経路上、あるいはAPI連携を通じて、これらのアクセスを一元的に監視・制御します。

これにより、企業は以下の主要な目的を達成できます。

  1. 可視化 (Visibility):誰が、いつ、どこから、どのクラウドサービスを、どのように利用しているかを詳細に把握します。
    公式に許可されていないサービス(シャドーIT)の利用状況や、データのアップロード・ダウンロード状況を明らかにします。
     
    この可視化は、リスク評価とポリシー策定の基礎となります。
     
  2. コンプライアンス (Compliance):GDPR、CCPA、個人情報保護法、業界特有の規制(FISC、HIPAA、PCI DSSなど)への準拠を支援します。
    クラウド上のデータの保存場所、アクセス権限、操作ログなどを管理し、監査対応を容易にします。
    データの国際間転送に関するポリシー適用も可能です。
     
  3. データセキュリティ (Data Security):クラウド上の機密情報や個人情報を特定し、分類します。
    DLP(Data Loss Prevention)機能により、機密データの不正な持ち出しや不適切な共有を防止します。
    暗号化、トークナイゼーション、マスキングといった技術を用いてデータを保護します。
     
  4. 脅威防御 (Threat Protection):マルウェアの検知・ブロック、不正アクセスやアカウント乗っ取りの試みを検知します。
    ユーザーの行動分析(UEBA: User and Entity Behavior Analytics)により、通常とは異なる不審なアクティビティを識別し、警告またはアクセスを遮断します。
     
    既知の脅威だけでなく、未知の脅威にも対応するための高度な分析エンジンを備えています。

企業が社内外を問わず、PC、スマートフォン、タブレットなど様々なデバイスから安全にクラウドへアクセスするための「関所」や「コントロールポイント」として機能し、統一されたセキュリティポリシーを適用することで、クラウド利用の利便性を損なわずにセキュリティレベルを向上させます。

CASBの主要なデプロイメントモデル(種類)

CASBの提供形態やデプロイメントモデルは、主に以下の方式があり、それぞれ特徴が異なります。

多くのCASBソリューションはこれらの方式を組み合わせたハイブリッドアプローチを提供しています。

  1. フォワードプロキシ方式 (Forward Proxy):概要:
    従業員のデバイスや社内ネットワークからのクラウドサービスへのアクセスをCASB経由に集約します。エージェントソフトウェアをデバイスに導入するか、既存のプロキシ設定を変更してトラフィックをCASBに誘導します。
     
    特徴:
    管理対象のデバイスからのあらゆるクラウドサービスへのアクセス(シャドーITを含む)をリアルタイムで監視・制御できます。HTTPS通信の検査のためにSSLインスペクション(中間者攻撃と同様の仕組みで通信を復号・検査・再暗号化)が必要となる場合があります。
     
    メリット:
    シャドーITの発見と制御に優れ、リアルタイムでのポリシー適用が可能です。管理下にあるデバイスからのアクセスに対して強力な制御力を持ちます。
     
    デメリット:
    管理外デバイス(BYODなどエージェントを導入できない端末)からのアクセス制御が難しい場合があります。SSLインスペクションによるプライバシー懸念や、一部アプリケーションとの互換性問題、パフォーマンスへの影響が出る可能性があります。
     
  2. リバースプロキシ方式 (Reverse Proxy):概要:
    企業が管理する特定のクラウドサービス(例: Microsoft 365, Salesforceなど)へのアクセスをCASB経由にします。IdP(Identity Provider)と連携し、認証後にトラフィックをCASBにリダイレクトさせることが一般的です。
     
    特徴:
    エージェントの導入が不要で、管理対象・管理外を問わずあらゆるデバイスからのアクセスを制御できます。特定の承認済みサービスに対して詳細な制御ポリシーを適用するのに適しています。
     
    メリット:
    エージェントレスで導入が比較的容易。管理外デバイスからのアクセスも制御可能。特定のSaaSに対するきめ細やかな制御が可能です。
     
    デメリット:
    対象となるクラウドサービスごとに設定が必要であり、シャドーITの発見には不向きです。すべてのクラウド利用を網羅することは難しい場合があります。
     
  3. API連携方式 (API-based):概要:
    クラウドサービスが提供するAPI(Application Programming Interface)を利用して、CASBがクラウドサービスプロバイダーと直接連携します。ユーザーの通信経路に介在せず、クラウドサービス内に保存されているデータや設定、アクティビティログをスキャンします。
     
    特徴:
    リアルタイムの通信制御ではなく、定期的なスキャンやイベントドリブンでデータを分析し、ポリシー違反を検出・修正します。保存データ(Data at Rest)のセキュリティ確保や、クラウドサービスの設定監査に強みがあります。
     
    メリット:
    ネットワーク構成の変更やエージェント導入が不要で、導入が容易です。ユーザーの利便性を損なわず、レイテンシーへの影響もありません。クラウドサービス内の共有設定ミスやマルウェアスキャン、コンプライアンス違反データの発見に有効です。
     
    デメリット:
    リアルタイムでの脅威ブロックやデータ送信の制御はできません。APIの提供範囲や機能はクラウドサービスプロバイダーに依存します。検知から対応までにタイムラグが生じる可能性があります。
     
  4. マルチモードCASB (Multimode CASB):概要:
    上記のフォワードプロキシ、リバースプロキシ、API連携方式の複数の機能を組み合わせて提供するCASBです。
     
    特徴:
    各方式のメリットを活かし、デメリットを補完することで、より包括的で強力なクラウドセキュリティを実現します。例えば、API連携で広範なSaaSのデータ保護と設定監査を行いつつ、特にリスクの高い通信や管理対象デバイスに対してはプロキシ方式でリアルタイム制御を行う、といった使い分けが可能です。
     
    メリット:
    状況に応じた最適な制御が可能となり、セキュリティの網羅性が高まります。
     
    デメリット:
    複数のモードを管理・運用するため、設定が複雑になる可能性があります。

導入するCASBを選定する際には、自社のセキュリティ要件、利用しているクラウドサービスの種類、ネットワーク環境、ユーザーの利用状況などを総合的に考慮し、最適なデプロイメントモデルまたはそれらの組み合わせを選択することが重要です。

CASBが求められる背景:クラウド時代のセキュリティ課題

デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速や働き方改革の推進に伴い、企業によるクラウドサービスの利用は爆発的に増加しています。

しかし、その利便性の裏には、従来のオンプレミス環境とは異なる新たなセキュリティリスクが潜んでいます。

シャドーITの蔓延とコントロール不能なリスク

シャドーITとは、企業のIT部門が関知・承認していないにもかかわらず、従業員や各部門が業務効率化や利便性向上などを目的に独断で利用するITデバイス、ソフトウェア、クラウドサービスなどを指します。

  • 発生の背景:
    従業員のITリテラシー向上と、個人向けクラウドサービスの多様化・低価格化。 公式ツールの機能不足や使い勝手の悪さに対する不満。 部門ごとの業務ニーズへの迅速な対応の必要性。 IT部門の承認プロセスの煩雑さや時間のかかりすぎ。
     
  • 具体的なリスク: 情報漏洩:
    機密情報や個人情報が、セキュリティ対策の不十分なシャドーIT経由で外部に流出する(例:無料のオンラインストレージへの重要ファイルのアップロード、個人メールアカウントでの業務連絡)。
     
    マルウェア感染:
    安全性の確認されていないサービスやソフトウェアからマルウェアに感染し、社内システム全体へ被害が拡大する。
     
    コンプライアンス違反:
    データの保存場所や管理方法が企業のポリシーや法的要件を満たさず、罰則や社会的信用の失墜を招く。
     
    アカウント管理不備:
    退職した従業員のアカウントがシャドーIT上に残存し、不正アクセスの原因となる。
     
    データ損失:
    サービスの突然の停止や障害により、重要な業務データが失われる。
     
    ITガバナンスの欠如:
    企業全体のIT利用状況を正確に把握できず、適切な統制が効かなくなる。

CASBは、ネットワークトラフィックやAPI連携を通じて、これらのシャドーITの利用を自動的に検知・可視化し、利用状況やリスクレベルを評価します。

これにより、IT部門はシャドーITの実態を把握し、利用禁止、代替ツールの推奨、リスクに応じた利用制限などの対策を講じることが可能になります。

テレワーク普及と働き方の多様化に伴う新たな課題

新型コロナウイルス感染症のパンデミックを契機に、テレワーク(リモートワーク)は多くの企業で標準的な働き方の一つとなりました。

これにより、従業員はオフィスだけでなく、自宅やカフェ、コワーキングスペースなど、様々な場所から社内システムやクラウドサービスにアクセスするようになりました。

  • 従来の境界型防御の限界:
    ファイアウォールやプロキシサーバーなど、社内ネットワークの境界でセキュリティを担保する従来型のモデルでは、社外から直接クラウドサービスにアクセスするテレワーク環境のトラフィックを十分にカバーできません。
     
    VPN(Virtual Private Network)を利用して一旦社内ネットワークを経由させる方法もありますが、トラフィックの集中によるパフォーマンス低下や、VPN自体の脆弱性を突かれるリスク、管理の煩雑さが課題となります。
     
  • テレワーク特有のセキュリティリスク:
    保護されていないネットワーク:
    自宅のWi-Fiルーターのセキュリティ設定不備や、公衆無線LANの利用による盗聴・中間者攻撃のリスク。
     
    個人所有デバイスの利用 (BYOD):
    企業が管理できない個人所有デバイスからのアクセスは、マルウェア感染や情報漏洩のリスクを高めます。
     
    物理的セキュリティの低下:
    デバイスの盗難・紛失、第三者による画面の覗き見(ショルダーハック)のリスク。
     
    従業員のセキュリティ意識のばらつき:
    オフィス外での作業における情報取り扱いルールの徹底が難しい。

CASBは、従業員がどこからアクセスしても、利用するデバイスが何であっても、クラウドサービスへのアクセスを一元的に監視・制御するポリシーを適用できます。

これにより、テレワーク環境下においても、オフィス内と同様のセキュリティレベルを維持し、安全なクラウド利用を実現します。

特にゼロトラストアーキテクチャの考え方と親和性が高く、アクセスごとに信頼性を検証する上で重要な役割を果たします。

各国・各業界における規制対応の複雑化と重要性の高まり

企業活動のグローバル化とデジタル化に伴い、個人情報保護やデータセキュリティに関する法規制は世界各国で強化され、その内容はますます複雑化しています。

  • 代表的な法規制: GDPR (EU一般データ保護規則):
    EU居住者の個人データ処理に関する厳格な規則。違反時の制裁金が高額。
     
    CCPA (カリフォルニア州消費者プライバシー法) / CPRA (カリフォルニア州プライバシー権法):
    カリフォルニア州住民の個人情報に対する権利を強化。
     
    日本の改正個人情報保護法:
    個人情報の定義拡大、本人の権利強化、企業の責務追加、漏洩時の報告義務化、法定刑の引き上げなど。
     
    業界特有の規制:
    PCI DSS (Payment Card Industry Data Security Standard):
    クレジットカード情報を扱う事業者向けのセキュリティ基準。
     
    HIPAA (Health Insurance Portability and Accountability Act):
    米国の医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律(医療情報の保護)。

    FISC安全対策基準:
    日本の金融情報システムセンターが策定する金融機関向けセキュリティガイドライン。

    3省2ガイドライン(医療情報システムの安全管理に関するガイドラインなど):
    厚生労働省、経済産業省、総務省が示す医療情報取り扱いに関するガイドライン。
     
  • クラウド利用における規制対応の課題:
    データの所在地:
    クラウド上に保存されたデータが、物理的にどの国のデータセンターに存在するのかを正確に把握し、管理することが難しい。
     
    アクセス制御と権限管理:
    誰がどのデータにアクセスできるのか、適切な権限設定がされているかを確認・維持する必要がある。
     
    データ処理の透明性:
    クラウドサービスプロバイダーによるデータ処理が、自社のポリシーや法規制に準拠しているかを確認する必要がある。
     
    インシデント発生時の対応:
    情報漏洩などのセキュリティインシデントが発生した場合の迅速な検知、報告、対処体制の確立。

CASBは、クラウド上のデータに対する可視性を提供し、データの分類、アクセス制御、暗号化、DLP機能などを通じて、これらの規制要件への準拠を支援します。

監査ログの収集・レポート機能は、企業が規制当局に対して説明責任を果たす上でも有効な手段となります。

特に、データが国境を越えて転送される際のポリシー適用や、特定の地域外へのデータ保存を禁止するといった制御も可能です。

CASBの主要機能:クラウドセキュリティの4つの柱

CASBは、その目的を達成するために、大きく分けて4つの主要な機能カテゴリ(Gartnerによる定義では「4つの柱」と呼ばれることが多い)を備えています。

これらの機能が連携することで、包括的なクラウドセキュリティを実現します。

1. 可視化機能 (Visibility)

「何が起きているかを知る」ことは、セキュリティ対策の第一歩です。
CASBの可視化機能は、企業が利用しているクラウドサービスの全貌と、そこでのアクティビティを明らかにします。

  • シャドーITの検出と評価
    従業員が利用しているIT部門未承認のクラウドサービス(シャドーIT)を自動的に検出します。
    これは、ファイアウォールやプロキシのログを分析したり、エンドポイントのエージェントから情報を収集したりすることで実現されます。
     
    検出された各シャドーITサービスに対して、セキュリティリスク評価(サービスの信頼性、提供元の評判、セキュリティ機能の有無、コンプライアンス認証など)を行い、利用の可否判断を支援します。
     
  • クラウド利用状況の網羅的把握
    承認済み・未承認を問わず、すべてのクラウドサービスの利用状況(どのユーザーが、いつ、どのサービスに、どのくらいの頻度でアクセスしているか、どのようなデータを送受信しているかなど)を詳細にログとして記録・集計します。
     
    ユーザーごとのアクティビティ、アップロード/ダウンロードされたファイル名やサイズ、共有範囲、アクセス元のIPアドレスや地域などの情報を把握できます。
     
  • ダッシュボードとレポート
    収集・分析した情報を、直感的に理解しやすいダッシュボード形式で表示します。
    利用傾向の分析、リスクの高いアクティビティの特定、ポリシー違反の監視などが容易になります。
     
    定期的なレポート生成機能や、監査対応用のカスタムレポート作成機能も提供されます。

この可視化により、IT管理者はクラウド利用に関する潜在的なリスクを早期に発見し、適切な対策を講じることが可能になります。

2. データ保護機能 (Data Security / DLP)

クラウド上に保存・転送される企業の機密情報や個人情報を保護することは、CASBの最も重要な役割の一つです。

  • 機密データの特定と分類
    事前に定義されたキーワード、正規表現、フィンガープリント(文書の断片)、機械学習ベースの分類エンジンなどを用いて、クラウドストレージやSaaSアプリケーション内に存在する機密データ(個人情報、財務情報、設計図、ソースコードなど)を特定し、その重要度に応じて分類します。
     
  • データ損失防止 (DLP: Data Loss Prevention)
    分類された機密データに対して、事前に設定されたポリシーに基づき、保護アクションを自動的に実行します。
     
    具体的なアクション例:
    機密ファイルの社外共有禁止、ダウンロード禁止、印刷禁止。 特定のキーワードを含むメールの送信ブロックまたは隔離。
    個人情報を含むファイルのアップロード時に警告を表示し、上長承認を必須とする。 USBメモリなどの外部デバイスへの書き出し制御。
     
  • 暗号化とトークナイゼーション
    クラウドにアップロードされる前、あるいはクラウド上でデータを暗号化し、不正なアクセスや情報漏洩が発生した場合でも、データの可読性を失わせます。
     
    企業が暗号鍵を管理するBYOK (Bring Your Own Key) やHYOK (Hold Your Own Key) に対応する製品もあります。
     
    トークナイゼーションは、機密データを意味のないトークン(代替文字列)に置き換える技術で、特にPCI DSS準拠などで活用されます。
     
  • デジタル著作権管理 (DRM) / 情報権利管理 (IRM) との連携
    ファイル自体にアクセス権限や操作制限(閲覧のみ、編集不可、印刷不可、有効期限など)を付与し、ファイルがどこに移動しても保護が継続されるようにします。

API連携方式のCASBはクラウドサービス内のデータを直接スキャンしてDLPポリシーを適用でき、プロキシ方式のCASBはデータの送受信時にリアルタイムでDLPポリシーを適用できます。

3. 脅威防御機能 (Threat Protection)

悪意のある攻撃者や内部不正から、クラウド上のアカウントとデータを守ります。

  • 不正アクセス検知とアカウント乗っ取り対策
    不審なログイン試行(例:短時間での複数国からのアクセス、総当たり攻撃、クレデンシャルスタッフィング)を検知し、ブロックまたは追加認証(多要素認証など)を要求します。 侵害されたアカウント(Compromised Account)の兆候を早期に発見します。
     
  • マルウェア対策
    クラウドストレージへのマルウェアのアップロードや、マルウェアに感染したファイルが共有されることを防ぎます。
    サンドボックス機能と連携し、未知のマルウェアを安全な環境で実行・分析し、その挙動に基づいて脅威を判定します。
     
    既知のマルウェアシグネチャによるスキャンだけでなく、振る舞い検知による未知のマルウェア対策も行います。
     
  • ユーザー行動分析 (UEBA: User and Entity Behavior Analytics):
    機械学習を活用して、ユーザーやエンティティ(ホスト、アプリケーションなど)の平常時の行動パターンを学習し、そこから逸脱する異常な行動(例:深夜の大量データダウンロード、普段アクセスしない機密情報へのアクセス試行)を検知します。
     
    内部不正の兆候や、外部からの侵入による不正操作の早期発見に貢献します。
     
  • 脅威インテリジェンスの活用
    最新の脅威情報(不正なIPアドレスのリスト、マルウェアのハッシュ値、攻撃手法など)を外部の脅威インテリジェンスフィードから取り込み、検知精度を向上させます。

これらの機能により、CASBはクラウド環境における多層的な防御を実現し、サイバー攻撃のリスクを低減します。

4. コンプライアンス支援機能 (Compliance)

企業が遵守すべき様々な法規制や業界標準への対応を支援し、その証明を容易にします。

  • ポリシーテンプレートの提供
    GDPR、HIPAA、PCI DSS、ISO 27001など、主要な規制や標準に対応するためのセキュリティポリシーのテンプレートを提供し、迅速なポリシー設定を支援します。
     
  • 監査ログの収集とレポート
    クラウドサービス上のユーザーアクティビティ、管理者操作、ポリシー違反イベントなどを網羅的に記録し、改ざん不可能な形で安全に保管します。
    これらのログは、内部監査や外部監査の際に、コンプライアンス遵守の証跡として活用できます。 規制要件に合わせたレポートを自動生成する機能も備えています。
     
  • データ所在地管理 (Data Residency)
    データの保存場所を特定の地域に制限したり、規制対象となるデータが意図せず国外のデータセンターに保存されることを防いだりする機能を提供します。
     
  • リスクアセスメントとギャップ分析
    企業のクラウド利用状況と設定されたポリシーを照らし合わせ、コンプライアンス上のリスクやギャップを特定し、改善策を提示します。

コンプライアンス支援機能は、企業が法的・社会的な責任を果たし、信頼性を維持するために不可欠です。

クラウドサービスとの連携方式(再掲・補足)

前述のデプロイメントモデル(インラインプロキシ、API連携など)は、これらの主要機能を実現するための技術的な手段となります。

  • インラインプロキシ方式 は、リアルタイム性が求められる可視化、データ保護(特に送信時のDLP)、脅威防御(不正アクセスの即時ブロックなど)に適しています。シャドーITの発見と制御にも強みを発揮します。
     
  • API連携方式 は、クラウドサービス内に保存されているデータの可視化、データ保護(保存データのDLP、暗号化)、脅威防御(マルウェアスキャン)、そしてコンプライアンス支援(設定監査、ログ収集)に適しています。導入が容易で、ユーザーエクスペリエンスへの影響が少ない点がメリットです。

多くの先進的なCASBソリューションは、これらの方式を組み合わせたマルチモードアプローチを採用し、それぞれの利点を活かして包括的なセキュリティを提供します。

導入時には、自社のネットワーク構成、パフォーマンス要件、セキュリティポリシーの優先順位、対象とするクラウドサービスの特性などを総合的に評価し、最適な連携方式およびCASB製品を選択することが重要です。

CASB導入の検討ポイント:自社に最適なソリューション選び

CASB導入を成功させるためには、自社のニーズや環境を正確に把握し、それに合致したソリューションを慎重に選定する必要があります。

以下に主要な検討ポイントを挙げます。

1. 利用サービスの対応範囲と将来性

  • 現在利用中のクラウドサービスへの対応: 自社が現在利用している、あるいは将来的に利用を計画しているSaaS(Microsoft 365, Google Workspace, Salesforce, Box, Slack, Zoomなど)、PaaS(AWS, Azure, GCP上のサービス)、IaaS(AWS EC2, Azure VM, GCP Compute Engineなど)のすべて、あるいは主要なものがサポートされているかを確認します。 特にAPI連携方式の場合、連携可能なサービスの種類と、それぞれのサービスに対してどこまでの機能(可視化、制御、データスキャンなど)が提供されるかはベンダーによって異なります。
     
  • シャドーITへの対応力: 未知のクラウドサービスや、まだ一般的ではないニッチなサービスをどの程度検知し、基本的な制御(利用許可/禁止など)を行えるかを確認します。
     
  • 独自開発アプリケーションへの対応: 自社で開発・運用しているクラウドアプリケーションがある場合、それらに対してもCASBの機能を適用できるか(特にリバースプロキシ方式など)を確認します。
     
  • 将来の拡張性: 企業が新しいクラウドサービスを導入する際に、CASBが迅速に対応できるか、新しいサービスへのプロファイル追加が容易かなどを確認します。ベンダーのロードマップや新サービスへの対応方針も重要です。

2. デプロイメントモデル:インライン方式 vs API方式 vs マルチモード

前述の通り、CASBにはインライン(フォワード/リバースプロキシ)方式とAPI連携方式、そしてそれらを組み合わせたマルチモードがあります。

それぞれの特性を理解し、自社の要件と照らし合わせます。
 

  • リアルタイム制御の必要性: データのアップロード/ダウンロードをリアルタイムでブロックしたい、不正アクセスを即座に遮断したいといった要件が強い場合は、インライン方式が適しています。
     
  • 網羅的な可視化とシャドーIT対策: 管理下のデバイスからのあらゆるクラウドアクセスを監視・制御したい場合は、フォワードプロキシ方式が有効です。
     
  • 既存クラウドサービスとの深い連携と保存データの保護: 既に利用しているSaaS内のデータや設定を監査・保護したい、ユーザーエクスペリエンスへの影響を最小限にしたい場合は、API連携方式が適しています。
     
  • パフォーマンスへの影響: インライン方式、特にSSLインスペクションを行う場合、通信のレイテンシーに影響を与える可能性があります。許容できるパフォーマンス要件を明確にし、PoC(Proof of Concept: 概念実証)で検証することが重要です。
     
  • 導入の容易さと運用負荷: API連携方式は一般的に導入が容易ですが、インライン方式はネットワーク構成の変更やエージェント配布が必要になる場合があります。運用開始後のポリシーチューニングやアラート対応の負荷も考慮します。
     
  • マルチモードの検討: 多くの企業にとっては、インライン方式とAPI方式の両方の利点を享受できるマルチモードCASBが最も包括的な解決策となり得ます。ただし、機能が豊富な分、設定や運用が複雑になる可能性もあるため、自社で運用しきれるかを見極める必要があります。

3. 脅威検知技術の性能と精度

CASBの脅威防御機能は、その検知技術の質に大きく左右されます。

  • 検知エンジンの種類とメカニズム: シグネチャベースの検知(既知のマルウェアや攻撃パターン)に加えて、振る舞い検知、機械学習(UEBA)、サンドボックス解析など、どのような技術で未知の脅威や内部不正に対応できるかを確認します。
     
  • 誤検知 (False Positive) と未検知 (False Negative) のバランス: 誤検知が多すぎると運用負荷が増大し、セキュリティアラートへの信頼性が低下します。逆に未検知が多いと、セキュリティインシデントを見逃すリスクがあります。PoCを通じて、自社の環境における検知精度を確認します。
     
  • 脅威インテリジェンスの質と更新頻度: 最新の脅威情報(脆弱性情報、マルウェア情報、攻撃者の手口など)をどれだけ迅速かつ広範に収集し、製品に反映しているかを確認します。
     
  • カスタマイズ性: 検知ルールやリスクスコアリングの閾値などを、自社の環境やポリシーに合わせてどの程度柔軟にカスタマイズできるかを確認します。

4. ID管理基盤 (IdP) との連携

CASBは、既存のID管理システムと連携することで、より効果的なアクセス制御とユーザー管理を実現します。

  • 主要なIdPとの連携実績: Azure Active Directory (Azure AD), Okta, Ping Identity, SAML 2.0対応のIdPなど、自社で利用している、あるいは利用予定のIdPとのシームレスな連携が可能かを確認します。
     
  • 認証連携: シングルサインオン (SSO) 環境において、CASBが認証連携の一要素として機能し、クラウドサービスへのアクセス時に追加のセキュリティポリシー(多要素認証の強制、アクセス場所制限など)を適用できるかを確認します。
     
  • プロビジョニング連携 (SCIMなど): IdPでのユーザーアカウント作成・変更・削除といった情報をCASBに自動的に同期し、ユーザー管理の効率化とアカウント管理の不備によるリスクを低減できるかを確認します(SCIM: System for Cross-domain Identity Management など)。
     
  • アクセス制御ポリシーとの連動: ユーザーの属性(役職、所属部門など)やIdPのグループ情報に基づいて、CASBで動的なアクセスポリシーを適用できるかを確認します。

5. サポート体制と運用支援、実績

CASBは導入して終わりではなく、継続的な運用とチューニングが不可欠です。

  • サポート体制: 日本語でのサポート(ドキュメント、問い合わせ窓口、技術支援)が提供されるか、その品質はどうか。 サポート対応時間(24時間365日か、平日日中のみかなど)。 障害発生時のSLA(Service Level Agreement: 品質保証制度)。
     
  • 導入支援とトレーニング: 導入時の設計支援、構築支援、ポリシー設定コンサルテーションなどのサービスがあるか。 管理者や利用者向けのトレーニングプログラムが提供されるか。
     
  • 運用支援: 導入後のポリシーチューニング支援、定期的なヘルスチェック、最新の脅威情報提供などのプロアクティブなサポートがあるか。
     
  • 導入実績: 自社と同業種・同規模の企業への導入実績が豊富か。公開されている事例や、可能であれば直接ヒアリングできるユーザー企業を紹介してもらえるか。
     
  • ベンダーの信頼性と将来性: CASB市場におけるベンダーの評価(第三者機関のレポートなど)、技術力、将来的な製品ロードマップなどを確認し、長期的に付き合えるパートナーかを見極めます。

6. コストとROI (Return on Investment)

CASB導入にはコストが伴いますが、それに見合う効果が得られるかを評価する必要があります。

  • ライセンス体系と価格: ユーザー数ベース、トラフィック量ベース、保護対象サービス数ベースなど、ライセンス体系はベンダーによって異なります。自社の利用状況に合った、最もコスト効率の良い体系かを確認します。 初期導入費用、年間ライセンス費用、オプション機能の費用などを明確にします。
     
  • 隠れたコスト: 導入に必要なハードウェア(プロキシサーバーなど)や、運用に関わる人件費、トレーニング費用なども考慮に入れます。
     
  • ROIの評価: CASB導入によって期待できる効果(情報漏洩による損害賠償やブランドイメージ低下の回避、インシデント対応コストの削減、コンプライアンス違反による罰金の回避、IT管理者の運用工数削減など)を定量的に評価し、投資対効果を検討します。

これらのポイントを総合的に比較検討し、複数のベンダーから提案を受け、可能であればPoCを実施して実際の使用感や効果を検証した上で、最適なCASBソリューションを選定することが成功への鍵となります。

国内外主要CASBベンダーの比較(一般的特徴)

CASB市場には多くのベンダーが存在し、それぞれ特徴や強みが異なります。
ここでは特定のベンダー名を挙げる代わりに、一般的な特徴を持ついくつかのタイプに分類して解説します。

実際の選定時には、各ベンダーの最新情報や第三者評価(Gartner Magic Quadrant for CASBなど)を参考にしてください。

タイプA: ネットワークセキュリティ由来の大手ベンダー

  • 特徴: 元々ファイアウォール、セキュアウェブゲートウェイ(SWG)、VPNなどのネットワークセキュリティ製品で高いシェアを持つベンダーが多い。 インラインプロキシ方式(特にフォワードプロキシ)を得意とし、リアルタイムのトラフィック制御や脅威防御に強み。 既存のネットワークセキュリティ製品群との連携・統合ソリューション(SASEプラットフォームの一部としてCASB機能を提供など)を強みとする場合がある。 グローバルに展開しており、大規模企業向けのサポート体制が充実していることが多い。
     
  • 強み: リアルタイム制御、脅威防御、既存セキュリティ基盤との統合。
     
  • 考慮点: API連携機能の成熟度や、特定のSaaSとの連携の深さについては、後発の専門ベンダーと比較して確認が必要な場合がある。

タイプB: クラウドセキュリティ専門ベンダー(API連携中心)

  • 特徴: CASB市場の初期から専門的にソリューションを提供してきたベンダーが多い。 API連携方式に強みを持ち、多数のクラウドサービスとの広範かつ深い連携を特徴とする。 クラウド上のデータ保護(DLP)、設定監査、コンプライアンス対応機能が充実している。 機械学習を活用した高度なユーザー行動分析(UEBA)やシャドーITディスカバリ機能に優れている場合がある。 直感的で使いやすいUI/UXを提供していることが多い。
     
  • 強み: API連携の幅広さと深さ、データセキュリティ、コンプライアンス、使いやすさ。
     
  • 考慮点: インラインプロキシ機能の提供状況や、リアルタイム制御の性能については確認が必要な場合がある。

タイプC: 大手クラウドプラットフォーマー(例: Microsoft, Google)

  • 特徴: 自社のクラウドプラットフォーム(例: Microsoft Azure, Google Cloud)やSaaS(例: Microsoft 365, Google Workspace)との親和性が非常に高いCASB機能を提供。 プラットフォーム全体のセキュリティ戦略の一部としてCASB機能が組み込まれていることが多い。 ライセンス体系が自社プラットフォームの利用と連動している場合があり、コストメリットが出やすい。
     
  • 強み: 自社エコシステムとのシームレスな統合、ライセンスの柔軟性。
     
  • 考慮点: 他社クラウドサービスやサードパーティSaaSへの対応範囲や機能の深さについては、専門ベンダーと比較して確認が必要。

タイプD: ID管理・認証系ベンダー

  • 特徴: IDaaS(Identity as a Service)や多要素認証(MFA)ソリューションを提供するベンダーが、その強みを活かしてCASB機能を提供、あるいはCASBベンダーを買収してポートフォリオに加えている。 ID中心のアクセス制御や、コンテキストに応じた動的なポリシー適用に強みを持つ。
     
  • 強み: ID管理との連携、コンテキストアウェアなアクセス制御。
     
  • 考慮点: DLP機能や脅威防御機能の網羅性については、他の専門ベンダーと比較が必要な場合がある。

比較のポイント(再掲・詳細化)

ベンダー選定時には、以下の点を多角的に評価することが重要です。

  1. 機能要件との適合性: 自社の最優先課題(シャドーIT対策、データ保護、脅威防御、コンプライアンスなど)に対して、十分な機能と性能を持っているか。
     
  2. デプロイメントモデル: インライン、API、マルチモードのどれが自社に適しているか。それぞれの方式における機能の成熟度。
     
  3. 連携可能なクラウドサービスの範囲: 自社が利用中および将来利用予定のサービスを網羅しているか。API連携の場合、各サービスでどこまでの操作が可能か。
     
  4. 脅威検知と対応能力: UEBA、マルウェア対策、不正アクセス検知などの精度とリアルタイム性。自動対応機能の有無。
     
  5. データ保護機能の深さ: DLP機能の精度(誤検知・未検知)、暗号化オプション(BYOK/HYOK対応など)、分類機能の柔軟性。
     
  6. 使いやすさと運用負荷: 管理コンソールのUI/UX、ポリシー設定の容易さ、レポート機能の充実度、アラート通知の適切さ。
     
  7. サポート体制と実績: 日本語サポートの質、導入事例、ベンダーの信頼性と将来性。
     
  8. コスト: 初期費用、ライセンス費用、運用費用を総合的に比較し、ROIを評価。
     
  9. SASE/ゼロトラスト戦略との整合性: 企業全体のセキュリティアーキテクチャの中で、どのように位置づけられ、連携できるか。

複数のベンダーから情報を収集し、デモンストレーションやPoCを通じて、実際の環境での動作や使い勝手を確認することをお勧めします。

CASB導入成功のポイントと事例

CASBの導入は、単に製品をインストールするだけでは成功しません。明確な目的設定、関係各所との連携、そして継続的な改善が不可欠です。

1. 導入目的の明確化と関係者との合意形成

  • 課題の特定と目的設定: なぜCASBを導入するのか?「シャドーITの可視化と制御」「機密情報の漏洩防止」「テレワーク環境のセキュリティ強化」「特定の法規制への準拠」など、具体的な課題を特定し、導入目的を明確にします。 目的が曖昧なまま導入を進めると、必要な機能が不足したり、過剰な機能にコストを払ったりする結果になりかねません。
     
  • KGI/KPIの設定: 導入目的を達成できたかを測るための重要目標達成指標(KGI)や重要業績評価指標(KPI)を設定します。(例:シャドーIT利用率のX%削減、情報漏洩インシデントY件削減、監査対応時間Z%短縮など)。
     
  • 経営層への説明と予算確保: CASB導入の必要性、期待される効果、想定されるリスク、必要な投資について経営層に説明し、理解と承認を得ます。セキュリティ投資はコストではなく、事業継続のための重要な投資であることを強調します。
     
  • 関連部門との連携と合意形成: IT部門だけでなく、セキュリティ部門、法務部門、人事部門、そして実際にクラウドサービスを利用する各事業部門の代表者など、関係するステークホルダーと早期の段階からコミュニケーションを取り、目的や導入後の運用方針について合意形成を図ります。 特に利用部門には、CASB導入による業務への影響(利便性の変化、新たなルールの遵守など)を丁寧に説明し、協力を得ることが重要です。ポリシー運用の抵抗感を抑制し、現場の理解を深めることで、形骸化を防ぎます。

2. パイロット運用(PoC)の実施と段階的展開

本格導入の前に、限定的な範囲でパイロット運用(PoC: Proof of Concept)を実施することは、リスクを低減し、導入効果を最大化するために非常に有効です。

  • 対象範囲の選定: 特定の部門、特定のクラウドサービス、特定のユーザーグループなど、影響範囲を限定してPoCを開始します。クラウド利用頻度が高い部門や、機密情報を扱う部門などを優先的に選定することが考えられます。
     
  • 評価項目の設定: PoCで何を検証・評価するのかを明確にします(例:シャドーITの検知精度、DLPポリシーの有効性、脅威検知機能の動作、パフォーマンスへの影響、管理コンソールの使い勝手など)。
     
  • ポリシーのチューニング: 初期設定のポリシーでは、誤検知(問題ない操作を違反として検知)や過検知(厳しすぎるルール)が発生しがちです。PoC期間中に実際に運用しながら、ログを分析し、自社の業務実態に合わせてポリシーをきめ細かくチューニングします。このプロセスには、利用部門からのフィードバックが不可欠です。
     
  • 効果測定と課題洗い出し: PoCの結果を評価し、設定したKPIが達成可能か、導入効果は期待通りかを確認します。また、技術的な課題や運用上の課題を洗い出し、本格導入に向けた改善策を検討します。
     
  • 段階的展開: PoCで得られた知見を元に、対象範囲を徐々に拡大していきます。一気に全社展開するのではなく、部門ごとやサービスごとなど、段階的に進めることで、混乱を避け、スムーズな移行を促します。

3. 運用体制の整備と継続的な改善

CASBは導入後の運用が非常に重要です。効果を維持し、変化する脅威やビジネス環境に対応していくためには、適切な運用体制と継続的な見直しが欠かせません。

  • 運用チームの組成と役割分担: CASBの運用を担当するチームを明確にし、各メンバーの役割と責任を定めます(例:ポリシー管理者、インシデント対応担当者、ログ分析担当者など)。 セキュリティチームだけでなく、ネットワークチームやヘルプデスク、必要に応じて事業部門の担当者も巻き込んだ連携体制を構築します。
     
  • 運用プロセスの確立: アラート発生時の対応フロー(エスカレーションルール、調査手順、報告ルートなど)、定期的なログレビュー、ポリシーの見直しプロセス、新しいクラウドサービスの評価プロセスなどを文書化し、関係者で共有します。
     
  • 従業員教育と啓発: CASB導入の目的や、従業員が遵守すべきクラウド利用ルールについて、定期的な教育や啓発活動を行います。セキュリティ意識の向上は、CASBの効果を最大限に引き出すために不可欠です。
     
  • 定期的なレビューと改善: クラウドの利用状況、検知されたインシデント、適用しているポリシーの有効性などを定期的にレビューし、必要に応じてポリシーの更新や運用プロセスの改善を行います。 新たな脅威動向や法規制の変更にも注意を払い、CASBの設定や運用に反映させていくことが重要です。

導入事例

具体的な導入事例は、CASBの価値を理解する上で非常に参考になります。

事例1:製造業X社(グローバル展開企業)

  • 課題: グローバル拠点でのシャドーIT利用が横行し、情報統制が取れていない。 各拠点でバラバラに導入されたSaaSのライセンス管理が煩雑で、コストも増大。 海外拠点からの不正アクセスやマルウェア感染リスクへの懸念。
     
  • CASB導入と効果: API連携方式とフォワードプロキシ方式を組み合わせたマルチモードCASBを導入。
     
    シャドーITの可視化と統制: 全社的なクラウド利用状況を可視化し、リスクの高いシャドーITの利用を禁止。代替となる公式SaaSへの移行を促進。
     
    グローバルSaaSアクセスの一元管理: 主要SaaSへのアクセスをCASB経由に集約し、統一されたセキュリティポリシーを適用。
     
    不正アクセスの早期発見: UEBA機能により、不審なアカウントアクティビティ(例:深夜の大量ダウンロード、複数国からの同時アクセス試行)を検知し、アカウントを一時停止するなどの自動対応を実施。不正ログインの試みを早期に阻止。
     
    運用効率の向上: カスタマイズ可能なダッシュボードで各拠点の利用状況やリスクを一元的に把握。レポート作成の自動化により、セキュリティ状況の報告業務を効率化。

事例2:金融機関Y社(厳格なコンプライアンス要件)

  • 課題: FISC安全対策基準、個人情報保護法、GDPRなど、国内外の厳格なコンプライアンス要件への対応が急務。 顧客情報を含む機密データのクラウド上での取り扱いに関するリスク管理。 監査対応における証跡収集とレポート作成の負荷が大きい。
     
  • CASB導入と効果: コンプライアンス支援機能に優れたAPI連携方式のCASB(ベンダーC社のようなタイプ)を導入。
     
    コンプライアンス遵守の強化: GDPRやPCI DSSに対応したポリシーテンプレートを活用し、機密データの特定、分類、アクセス制御、暗号化を徹底。データ所在地管理機能により、国内データセンターへの保存を強制。
     
    監査対応の効率化: 詳細な監査ログを自動収集・保管。規制要件に合わせた監査レポートを自動生成することで、従来数週間かかっていたレポート作成時間を半減。
     
    データ漏洩リスクの低減: クラウドストレージ上の機密ファイルに対するDLPポリシーを適用し、不正な共有や持ち出しをブロック。共有設定のミスなども自動的に検出し修正。

事例3:中堅IT企業Z社(テレワーク中心の働き方)

  • 課題: 全社的にテレワークを導入したが、従業員が自宅や社外から様々なクラウドサービスを利用するため、セキュリティ管理が困難。 個人所有デバイス(BYOD)の利用も一部許可しており、情報漏洩リスクが懸念される。 VPN経由でのアクセスは一部サービスでパフォーマンス低下を招いていた。
     
  • CASB導入と効果: エージェントベースのフォワードプロキシ型CASBとAPI連携を組み合わせたソリューションを導入。
     
    安全なテレワーク環境の実現: 社内外問わず、従業員のクラウドアクセスを一元的に監視・制御。不適切なサイトへのアクセスや、リスクの高いファイルのアップロードをブロック。
     
    BYODのリスク管理: 個人デバイスからのアクセスに対しても、特定のセキュリティポリシーを適用(例:データのダウンロード制限、コピー&ペースト制御など)。
     
    利便性とセキュリティの両立: 重要な業務アプリケーションはAPI連携で監視しつつ、一般的なウェブアクセスはプロキシで制御することで、パフォーマンスへの影響を最小限に抑えながらセキュリティを確保。
     
    従業員のセキュリティ意識向上: CASBによる可視化を通じて、従業員自身がどのようなクラウド利用がリスクとなるかを理解するきっかけとなり、セキュリティ研修の効果も向上。

これらの事例はあくまで一例ですが、CASBが企業の規模や業種、抱える課題に応じて柔軟に活用できることを示しています。

まとめと今後の展望:CASBの進化とゼロトラストへの道

CASBは、クラウド利用が当たり前となった現代の企業にとって、セキュリティとコンプライアンスを確保するための不可欠なソリューションとして定着しました。

その機能は日々進化し、新たなセキュリティアーキテクチャとの連携も進んでいます。

今後の技術動向とCASBの進化

CASBは、今後も以下のような方向性で進化していくと予想されます。

  • AI/機械学習のさらなる高度化
    UEBA機能の精度向上はもちろん、より複雑な攻撃パターンの予測、ポリシーの自動最適化、インシデント対応の自動化など、AIの活用範囲が拡大します。
    自然言語処理を用いたデータ分類や、画像認識による機密情報検知なども進化するでしょう。
     
  • 対応範囲の拡大 (Beyond SaaS)
    SaaSだけでなく、IaaS/PaaS環境のより詳細な設定ミス(CSPM: Cloud Security Posture Management の領域)や、コンテナ、サーバーレスといった新しいクラウドネイティブ技術に対するセキュリティ機能の統合・強化が進みます。
     
    IoTデバイスからのクラウドアクセスや、エッジコンピューティング環境におけるデータ保護も視野に入ってきます。
     
  • CSPM (Cloud Security Posture Management) との統合
    CASBがカバーする利用状況の監視に加え、IaaS/PaaSの設定不備を検出し、セキュリティ体制を強化するCSPM機能との統合が進み、より包括的なクラウドセキュリティプラットフォームへと進化します。
     
  • CWPP (Cloud Workload Protection Platform) との連携
    サーバー、コンテナ、サーバーレス関数といったクラウド上のワークロードそのものを保護するCWPPとの連携により、クラウドインフラ全体にわたる多層防御が強化されます。 

CASBとSASE (Secure Access Service Edge)

SASEは、ネットワーク機能とセキュリティ機能をクラウドネイティブなサービスとして統合し、ユーザーやデバイスがどこにあっても一貫したセキュリティポリシーを提供するアーキテクチャです。

CASBは、SASEを構成する重要なセキュリティ機能の一つとして位置づけられています。

  • SASEにおけるCASBの役割
    SASEのコンポーネントとして、クラウドサービスへのアクセスセキュリティ(可視化、データ保護、脅威防御、コンプライアンス)を担当します。
     
    SD-WAN、SWG (Secure Web Gateway)、ZTNA (Zero Trust Network Access)、FWaaS (Firewall as a Service) といった他のSASEコンポーネントと連携し、包括的なアクセスセキュリティを実現します。

    例えば、SWGがウェブアクセス全般のセキュリティを担い、CASBが特にクラウドアプリケーション利用に特化した詳細な制御を行うといった役割分担が可能です。


SASEの導入を検討する企業にとって、CASBはその中核的な要素技術として理解しておく必要があります。

CASBとゼロトラスト (Zero Trust)

ゼロトラストは、「決して信頼せず、常に検証する (Never Trust, Always Verify)」という原則に基づいたセキュリティモデルです。

社内ネットワークであっても安全とは見なさず、あらゆるアクセス要求に対して、ユーザーのID、デバイスの状態、アクセス先の情報、時間、場所などのコンテキスト情報を基に、厳格な認証・認可を行います。
 

  • ゼロトラスト実現におけるCASBの貢献: IDベースのアクセス制御
    CASBはIdPと連携し、ユーザーの認証情報に基づいてクラウドサービスへのアクセスを制御します。
     
    デバイスの信頼性検証: デバイスのセキュリティ状態(パッチ適用状況、マルウェア感染の有無など)を評価し、アクセスポリシーに反映させることができます(エンドポイントセキュリティ製品との連携)。
     
    データ中心のセキュリティ: CASBのDLP機能や暗号化機能は、データそのものを保護し、アクセス権限を最小化するというゼロトラストの原則に合致しています。
     
    継続的な監視と検証: CASBはクラウド利用状況を常に監視し、UEBAによって不審な振る舞いを検知することで、信頼性を継続的に検証します。
     
    マイクロセグメンテーションの補完: クラウドアプリケーションレベルでの詳細なアクセス制御は、ネットワークレベルのマイクロセグメンテーションを補完します。

CASBをゼロトラストアーキテクチャの一要素として導入・活用することで、アクセス制御やデータ保護をより細粒度で実施でき、クラウド利用におけるセキュリティレベルを大幅に向上させることが可能です。

最適な製品選定とクラウドセキュリティ戦略に向けて

CASBは強力なソリューションですが、万能ではありません。

導入を成功させ、その効果を最大限に引き出すためには、以下の点が改めて重要になります。

  1. 自社の現状分析と将来像の明確化
    現在のクラウド利用状況、セキュリティリスク、コンプライアンス要件を正確に把握し、将来的にどのようなクラウド活用を目指すのか、そのためにどのようなセキュリティが必要なのかを明確にします。
     
  2. 全体的なセキュリティ戦略への位置づけ
    CASBを単独のソリューションとして捉えるのではなく、SASEやゼロトラストといったより大きなセキュリティ戦略の中にどう位置づけるかを検討します。
     
  3. 多角的な製品評価とPoCの実施
    機能、性能、運用性、サポート、コストなどを総合的に評価し、PoCを通じて自社環境での適合性を確認します。
     
  4. 継続的な運用と改善
    導入後も、脅威の変化やビジネスの進展に合わせて、ポリシーの見直しや運用体制の強化を継続的に行います。

クラウド技術が進化し続ける限り、それを利用する上でのセキュリティのあり方も進化し続ける必要があります。

CASBはその進化を支える重要な柱の一つとして、今後も企業のデジタルトランスフォーメーションを安全に推進するために貢献していくでしょう。

おわりに

本記事では、クラウドセキュリティの中核となるCASBの役割、機能、導入ポイントから将来性までを解説しました。

CASBは、シャドーIT対策、データ保護、脅威防御、コンプライアンス対応といったクラウド時代の課題解決に不可欠です。

SASEやゼロトラストといった次世代セキュリティにおいても、CASBの重要性は増すばかりです。

導入成功には、明確な目的設定、適切な製品選定、そして継続的な運用が鍵となります。

CASBは、企業がクラウドを安全かつ効果的に活用し、持続的な成長を遂げるための強力な基盤です。

本記事が、皆様のセキュリティ体制強化の一助となれば幸いです。

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