境界型セキュリティの現状と課題
境界型セキュリティの基本的な考え方
境界型セキュリティは、組織のネットワーク境界を防御壁として、外部からの不正アクセスを防ぐことを目的としています。ファイアウォールやIDS/IPSなどのセキュリティ機器を境界に設置し、内部ネットワークへの侵入を阻止します。これは、城壁で囲まれた城のようなイメージで、外部からの攻撃を防ぐことに重点を置いています。しかし、現代の複雑なIT環境においては、この考え方だけでは十分なセキュリティを確保することが難しくなっています。多くの企業がクラウドサービスを利用し、従業員が様々な場所からネットワークにアクセスするようになり、従来の境界が曖昧になっているからです。そのため、境界型セキュリティは、現代の脅威に対応するために進化を迫られています。例えば、ファイアウォールの設定をより細かく行ったり、IDS/IPSの検知ルールを最新の状態に保つなどの対策が必要になります。組織は、境界型セキュリティの限界を理解した上で、他のセキュリティ対策と組み合わせることで、より強固な防御体制を構築する必要があります。
境界型セキュリティの限界
しかし、近年ではクラウドサービスの利用拡大や、リモートワークの普及により、従来の境界が曖昧になっています。内部からの不正アクセスや、境界を突破された場合の被害拡大を防ぐことが難しくなっています。企業ネットワークへのアクセスポイントが多様化するにつれて、従来の境界防御だけでは、すべての脅威を遮断することが不可能に近づいています。特に、従業員の個人デバイスからのアクセスや、許可された範囲内でのクラウドサービス利用におけるセキュリティリスクは、境界型セキュリティでは対応しきれません。攻撃者は、これらの隙間を狙って侵入を試み、内部ネットワークへの足掛かりを築こうとします。また、内部からの脅威、例えば、悪意のある従業員や、マルウェアに感染した従業員による情報漏洩も、境界型セキュリティでは効果的に防御することができません。このような状況下では、より包括的で、柔軟なセキュリティモデルが求められています。
境界型セキュリティの弱点:内部不正リスク
境界型セキュリティでは、一度内部に侵入されると、内部ネットワーク全体にアクセスが可能になるリスクがあります。内部関係者による不正行為や、マルウェア感染による情報漏洩などのリスクを低減することができません。これは、境界の内側は安全であるという暗黙の前提に基づいているため、内部からの攻撃に対する防御が手薄になりがちです。例えば、退職予定の従業員が機密情報を持ち出したり、不注意な従業員がマルウェアを拡散させたりするケースが考えられます。このような内部不正は、外部からの攻撃よりも発見が難しく、損害も大きくなる可能性があります。そのため、境界型セキュリティに依存するだけでなく、内部のセキュリティ対策を強化し、アクセス権限の管理や、内部監査の実施など、多層的な防御体制を構築することが重要です。
ゼロトラストセキュリティモデルとは
ゼロトラストの原則
ゼロトラストは、「何も信頼しない」という原則に基づき、全てのアクセスを検証し、最小限の権限のみを付与するセキュリティモデルです。ネットワークの内外を問わず、全てのユーザーとデバイスを信頼せず、常に認証と認可を行います。従来の境界型セキュリティとは異なり、ゼロトラストは、ネットワークの内外を区別しません。全てのアクセス要求は、あたかもインターネット経由からのアクセスであるかのように扱われ、厳格な認証と認可の手続きを経る必要があります。このモデルは、クラウドサービスの普及や、リモートワークの増加に伴い、境界が曖昧になった現代のIT環境において、より効果的なセキュリティ対策を提供します。ゼロトラストを導入することで、企業は、内部からの脅威や、境界を突破された場合の被害を最小限に抑えることができます。
ゼロトラストの主要な要素
ゼロトラストを実現するためには、多要素認証、マイクロセグメンテーション、最小権限の原則、継続的な監視などの要素を組み合わせる必要があります。IAM(IdentityandAccess Management)や、エンドポイントセキュリティソリューション(EPP,EDR)なども重要な役割を果たします。多要素認証は、パスワードに加えて、生体認証やワンタイムパスワードなど、複数の認証要素を組み合わせることで、不正アクセスを防止します。マイクロセグメンテーションは、ネットワークを細かく分割し、アクセス可能な範囲を限定することで、攻撃の影響範囲を局所化します。最小権限の原則は、ユーザーに必要な最小限の権限のみを付与することで、内部不正のリスクを低減します。継続的な監視は、セキュリティログを分析し、異常なアクティビティを検知する仕組みを構築することで、早期に脅威を発見し、対応することができます。
SASE(Secure Access Service Edge)との関係
SASEは、ネットワークとセキュリティ機能をクラウド上で統合的に提供するフレームワークであり、ゼロトラストの実現を支援します。SASEを活用することで、場所やデバイスに関わらず、一貫性のあるセキュリティポリシーを適用することができます。SASEは、SD-WAN(Software-DefinedWide AreaNetwork)などのネットワーク機能と、ゼロトラストネットワークアクセス(ZTNA)、クラウドセキュアWebゲートウェイ(SWG)、ファイアウォールアズアサービス(FWaaS)などのセキュリティ機能を統合し、クラウド上で提供します。これにより、企業は、拠点やリモートワーカーなど、場所やデバイスに関わらず、一貫したセキュリティポリシーを適用し、安全なネットワークアクセスを提供することができます。SASEは、ゼロトラストアーキテクチャを実装するための重要な要素の一つと言えます。
ゼロトラスト導入のステップ
現状の把握とリスク評価
まず、自社のIT環境とセキュリティリスクを詳細に分析し、ゼロトラスト導入の優先順位を決定します。重要なデータやシステムを特定し、それらに対する脅威を評価します。この段階では、組織内の全てのIT資産、ユーザー、デバイス、アプリケーション、ネットワークトラフィックを可視化することが重要です。そして、それぞれの資産に対する潜在的な脅威を特定し、そのリスクレベルを評価します。例えば、顧客情報や財務情報などの機密性の高いデータが保存されているシステムは、より高い優先順位で保護する必要があります。また、リモートワーカーが使用するデバイスや、クラウドサービスへのアクセス経路も、重点的に監視する必要があります。リスク評価の結果に基づいて、ゼロトラスト導入の具体的な計画を策定します。
段階的な導入と検証
ゼロトラストは、一気に導入するのではなく、段階的に導入し、効果を検証しながら進めることが重要です。まずは、特定の部門やシステムから導入し、徐々に適用範囲を拡大していきます。スモールスタートで始めることで、導入に伴うリスクを低減し、組織全体の混乱を避けることができます。例えば、まずは、機密性の高い情報を扱う部門や、リモートワークが多い部門から導入を開始し、そこで得られた知見や教訓を、他の部門やシステムに展開していくことができます。また、導入後には、必ず効果を検証し、改善点を見つけることが重要です。セキュリティログの分析や、ペネトレーションテストなどを実施し、ゼロトラストアーキテクチャの有効性を評価します。
継続的な監視と改善
ゼロトラスト導入後も、継続的な監視と改善が必要です。セキュリティログを分析し、異常なアクティビティを検知する仕組みを構築します。また、定期的にセキュリティポリシーを見直し、最新の脅威に対応できるようにアップデートします。ゼロトラストは、一度導入すれば終わりというものではなく、継続的なプロセスです。新たな脅威や、技術の変化に合わせて、常にセキュリティ対策を見直し、改善していく必要があります。そのためには、セキュリティチームだけでなく、IT部門や、ビジネス部門とも連携し、組織全体でセキュリティ意識を高めることが重要です。また、定期的にセキュリティトレーニングを実施し、従業員のセキュリティリテラシーを向上させることも有効です。
ゼロトラスト実現のためのソリューション
エンドポイントセキュリティの強化
エンドポイント(PC、スマートフォンなど)は、攻撃の入口となりやすいため、EPP(EndpointProtectionPlatform)やEDR(Endpoint Detection andResponse)などのセキュリティソリューションを導入し、保護を強化します。EPPは、従来のアンチウイルスソフトに加えて、振る舞い検知や機械学習などの技術を活用し、マルウェアの侵入を阻止します。EDRは、エンドポイントでの不審なアクティビティを監視し、脅威を検知した場合に、迅速に対応するための機能を提供します。これらのソリューションを組み合わせることで、エンドポイントにおけるセキュリティレベルを大幅に向上させることができます。また、エンドポイントの脆弱性管理も重要です。定期的に脆弱性スキャンを実施し、OSやアプリケーションのアップデートを適用することで、攻撃者が悪用できる隙をなくします。
ネットワークセキュリティの強化
マイクロセグメンテーション技術を活用し、ネットワークを細かく分割することで、攻撃の影響範囲を局所化します。また、次世代ファイアウォールや、侵入検知・防御システム(IDS/IPS)を導入し、ネットワークの監視と防御を強化します。マイクロセグメンテーションは、ネットワークを論理的に分割し、それぞれのセグメント間の通信を厳密に制御することで、攻撃者がネットワーク全体に拡散することを防ぎます。次世代ファイアウォールは、従来のファイアウォールに加えて、アプリケーションの識別や、コンテンツのフィルタリングなどの機能を提供し、より高度な脅威に対応します。IDS/IPSは、ネットワーク上の不審なアクティビティを検知し、攻撃を防御するためのシステムです。これらのソリューションを組み合わせることで、ネットワーク全体のセキュリティレベルを向上させることができます。
クラウドセキュリティの確保
クラウド環境におけるセキュリティ対策も重要です。クラウドサービスプロバイダーが提供するセキュリティ機能に加え、CSPM(CloudSecurityPostureManagement)などのツールを活用し、クラウド環境の設定ミスや脆弱性を検出します。Zscalerなどのクラウドセキュリティソリューションも有効です。CSPMは、クラウド環境の設定状況を継続的に監視し、セキュリティに関するベストプラクティスからの逸脱や、脆弱性を検出します。Zscalerなどのクラウドセキュリティソリューションは、クラウド環境へのアクセスを安全に制御し、脅威から保護するための機能を提供します。クラウド環境は、設定ミスや、アクセス権限の不備などが原因で、セキュリティリスクが高まる可能性があります。そのため、これらのツールやソリューションを活用し、クラウド環境のセキュリティを確保することが重要です。
まとめ
境界型セキュリティからゼロトラストへの移行は、現代の複雑化するセキュリティ環境において不可欠です。ゼロトラストの原則を理解し、自社の状況に合わせて段階的に導入を進めることで、より強固なセキュリティ体制を構築することができます。ゼロトラストは、単なる技術的な対策だけでなく、組織全体のセキュリティ意識の向上や、文化の変革も伴う取り組みです。そのため、経営層の理解と協力が不可欠です。また、導入にあたっては、十分な計画と準備を行い、段階的に進めていくことが重要です。ゼロトラストは、現代の企業にとって、競争力を維持し、成長を続けるための重要な要素の一つと言えるでしょう。セキュリティ侵害のリスクを低減し、ビジネスの継続性を確保するために、ゼロトラストへの移行を検討することをお勧めします。