
はじめに
記事をご覧いただき、ありがとうございます。
AIセキュリティ合同会社の越川と申します。
私は10年以上にわたり、ウェブアプリケーション開発からサーバー構築まで幅広く経験し、現在はシステムの安定稼働、データ保護、サイバー脅威対策といった分野に注力しています。そのような経験から、現代のビジネス環境におけるデータの重要性と、それを保護する必要性を日々痛感しております。
そして、このデータ保護と脅威対策を統合的に実現する上で、今や欠かせない存在となっているものの一つが、本稿のテーマである「メールセキュリティ」です。
企業のデジタル化が進む中、メール経由でのサイバー攻撃は年々巧妙化しており、重要な経営リスクとして認識されています。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「情報セキュリティ10大脅威 2025」でも、標的型攻撃メールやビジネスメール詐欺(BEC)が上位にランクインしており、企業規模に関わらず対策が急務となっています。
本記事では、セキュリティエンジニアの視点から、メールセキュリティの基本概念から具体的な導入手法まで、実践的なノウハウを体系的にご紹介します。情報システム部門やセキュリティ担当者の皆様が製品導入を検討する際の指針となりましたら幸いです。
メールセキュリティとはなにか
メールセキュリティは、知的財産、財務記録、企業のトップシークレット情報やトレードシークレットなどの機密情報を、ハッカーやサイバー犯罪者などの脅威アクターからの傍受から保護します。
メールセキュリティの基本概念
メールセキュリティとは、メールの送受信における情報漏えい、マルウェア感染、なりすまし攻撃などの脅威から企業の情報資産を保護するための包括的な対策です。これには技術的対策、運用的対策、人的対策が含まれます。
メールセキュリティ対策の種類
代表的なメールセキュリティは、以下の通りです。
1. ゲートウェイ型セキュリティ
メールサーバーとインターネット間に設置し、外部からの脅威を水際で阻止するアプローチです。スパムフィルタリング、アンチウィルス機能、添付ファイル検査、URL解析などの機能を統合的に提供します。
2. エンドポイント型セキュリティ
各端末に直接インストールするクライアントソフトウェア型のセキュリティ対策です。
端末レベルでのメール暗号化や、送信前のポリシーチェック機能を提供します。
3. クラウド型セキュリティサービス
クラウド上でメールを管理する場合に適しています。
自社内にサーバを設置する必要がないため、初期費用が抑えられ短期間で導入できます。近年主流となっている提供形態で、Microsoft 365やGoogle Workspaceなどと連携する場合に特に有効です。
4. データ損失防止(DLP:Data Loss Prevention)
送信メールの内容を自動解析し、機密情報の外部流出を防止する仕組みです。
クレジットカード番号、マイナンバー、社外秘ラベルが付いた文書などを検知し、送信を制御します。
主要な脅威の種類
標的型攻撃メール
特定の企業や組織を狙い、事前調査に基づいて作成される巧妙なメール攻撃です。
受信者が信頼する送信者を装い、マルウェア感染や機密情報の窃取を目的とします。近年は、生成AI技術を悪用したより自然な文面の攻撃メールが増加しています。
ビジネスメール詐欺(BEC:Business Email Compromise)
経営幹部や取引先を装い、偽の送金指示や情報提供を求める詐欺手法です。
FBI(米連邦捜査局)によると、2022年の世界的被害額は432億ドル(約5.8兆円)に達しており、企業の財務に甚大な影響を与えています。
フィッシング攻撃
正規のWebサイトを模倣した偽サイトに誘導し、ログイン認証情報やクレジットカード情報を窃取する手法です。最近では、QRコードを利用したQRishingと呼ばれる新たな手口も確認されています。
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スパムフィルタリング
迷惑メールを自動的に識別し、受信トレイに届く前にブロックするシステムのことです。
主に、メールの内容や送信元の情報を解析し、スパムの特徴と照合することで、迷惑メールを判別します。 -
QRishing(クイッシング)
QRコードを悪用したフィッシング詐欺のことです。
攻撃者は偽のQRコードを使い、ユーザーを不正なウェブサイトに誘導し、個人情報やクレジットカード情報を詐取したり、デバイスにマルウェアをインストールさせたりします。
URLを直接確認できないQRコードの特性を悪用するため、従来のフィッシングメールよりも対策が難しく、注意が必要です。
なぜメールセキュリティが活用されるのか
法規制への対応要求の高まり
個人情報保護法の改正(2022年4月施行)により、個人情報の漏えい時には個人情報保護委員会への報告が義務化されました。また、GDPR(EU一般データ保護規則)では最大で全世界売上高の4%または2,000万ユーロの制裁金が科される可能性があり、グローバル企業では特に厳格な対策が求められています。
サイバー攻撃の急激な増加
警察庁の「令和5年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」によると、標的型メール攻撃の件数は前年比で約30%増加しており、特に製造業や金融業界での被害が深刻化しています。攻撃者は企業の業務フローや人間関係を詳細に調査し、より巧妙な手口で攻撃を仕掛けています。
リモートワーク環境でのリスク拡大
COVID-19パンデミック以降、リモートワークが定着した結果、従来の境界型セキュリティだけでは十分な防御が困難になりました。自宅や外部ネットワークからのメールアクセスにより、攻撃面が拡大し、よりきめ細かなセキュリティ対策が必要となっています。
経営リスクとしての認識向上
情報セキュリティは単なるIT部門の課題ではなく、経営戦略の重要な要素として位置づけられています。メール経由での情報漏えいや業務停止は、直接的な金銭被害だけでなく、企業の信頼失墜や競争力低下につながるため、経営層の関心も高まっています。
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境界型セキュリティ
ネットワークの内側と外側を区別し、外部からの攻撃を防ぐことを目的としたセキュリティモデルです。
従来のセキュリティ対策の主流であり、ファイアウォールやVPNなどの技術を用いて、ネットワークの境界を保護します。
メールセキュリティの具体的な導入ステップ
ステップ1: 現状分析と脅威評価
リスクアセスメントの実施
まず、自社のメール環境における脅威を包括的に評価します。
過去のセキュリティインシデント履歴、現在使用しているメールシステム(オンプレミス/クラウド)、業務で取り扱う情報の機密度などを詳細に分析します。
業界特有のリスク要因の特定
業界によって狙われやすい攻撃手法は異なります。
金融業界では偽の送金指示メール、医療業界では診療情報を狙った攻撃、製造業では技術情報の窃取を目的とした攻撃が多発しており、業界特性を踏まえた脅威モデリングが重要です。
ステップ2: セキュリティポリシーの策定
メールセキュリティポリシーの文書化
組織として遵守すべきメールセキュリティルールを明文化します。
機密情報の取り扱い、外部メール送信時の承認プロセス、添付ファイルの暗号化要件、個人利用の禁止事項などを具体的に定めます。
インシデント対応手順の明確化
メールセキュリティインシデント発生時の対応フローを事前に定義します。
初期対応担当者、エスカレーション基準、外部機関への通報手順、復旧作業の責任者などを明確にし、迅速な対応体制を構築します。
ステップ3: 技術的対策の選定と導入
製品選定基準の設定
自社の要件に最適な製品を選定するため、以下の観点から評価基準を設定します。
- 検知精度: 誤検知率(False Positive)と検知漏れ率(False Negative)のバランス
- 処理性能: 大量メール処理時のレスポンスタイムとスループット
- 運用性: 管理画面の使いやすさと自動化機能の充実度
- 拡張性: 将来的な組織拡大や新機能追加への対応
- コスト: 初期導入費用、ランニングコスト、TCO(Total Cost of Ownership)
パイロット導入の実施
本格導入前に、小規模な部門でパイロット運用を実施します。
通常業務への影響を最小限に抑えながら、製品の動作検証、運用手順の確認、ユーザーフィードバックの収集を行います。この段階で運用ポリシーの微調整も行います。
ステップ4: 段階的な本格展開
フェーズド・ロールアウト戦略
組織全体への一斉導入はリスクが高いため、段階的な展開を推奨します。
まず情報システム部門やセキュリティ部門から開始し、その後重要度の高い部門、最後に全社展開という順序で進めます。
運用監視体制の確立
メールセキュリティソリューションは、アンチマルウェアおよびアンチスパム保護を提供することで、ゼロデイエクスプロイトに対するリアルタイムの保護を提供します。24時間365日の監視体制を構築し、リアルタイムでの脅威検知と対応を実現します。
ステップ5: 継続的改善とメンテナンス
定期的な効果測定
導入効果を定量的に評価するため、KPI(Key Performance Indicator)を設定します。
スパム検知率、マルウェア阻止件数、誤検知による業務影響回数、ユーザー満足度などを定期的に測定し、改善点を特定します。
脅威インテリジェンスの活用
新たな脅威情報を継続的に収集し、セキュリティ対策のアップデートを行います。JPCERT/CCやIPA、セキュリティベンダーが提供する脅威情報を活用し、プロアクティブなセキュリティ対策を実施します。
【イメージ図】
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脅威モデリング
システムやアプリケーションの開発ライフサイクルの早い段階(主に設計段階)で、潜在的なセキュリティ上の脅威を体系的に洗い出し、評価し、対策を講じるための構造化されたアプローチです。
これにより、問題が発生してから対処する「事後対応」ではなく、脅威を未然に防ぐ「事前対策(プロアクティブ)」なセキュリティを実現します。
脅威を体系的に洗い出すためのフレームワークとして、Microsoftが提唱した「STRIDE(Spoofing, Tampering, Repudiation, Information Disclosure, Denial of Service, Elevation of Privilege)」モデルが広く用いられています。
メールセキュリティのメリット
1. 包括的な脅威対策
メールセキュリティソリューションは、単一の製品で多様な脅威に対応できます。従来のアンチウィルスだけでは検知困難な未知のマルウェアも、振る舞い検知やサンドボックス解析により検出可能です。
2. 業務継続性の向上
メールシステムのダウンタイムは、企業の業務効率に直接的な影響を与えます。高可用性設計のメールセキュリティソリューションにより、システム障害時でも業務を継続できます。
3. コンプライアンス要件への対応
個人情報保護法、GDPR、SOX法などの法規制要件を満たすための監査ログ取得、データ保持期間の管理、アクセス制御などの機能を統合的に提供します。
4. 運用負荷の軽減
AI/機械学習技術を活用した自動分析により、セキュリティ担当者の運用負荷を大幅に削減できます。また、中央集権的な管理により、複数拠点での一元管理も実現します。
メールセキュリティ製品比較表
この比較表からも明らかなように、統合メールセキュリティソリューションは初期投資こそ必要ですが、長期的な運用効率と包括的な防御効果を考慮すると、最もコストパフォーマンスに優れた選択肢です。
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サンドボックス解析
セキュリティ対策の一環として、疑わしいファイルやプログラムを隔離された環境(サンドボックス)で実行し、その挙動を観察することでマルウェアなどの脅威を検知する手法です。
従来のシグネチャベースの解析では検知が難しい、未知のマルウェアや標的型攻撃にも有効とされています。
活用方法
シナリオ1.大手製造業A社:標的型攻撃対策の強化
導入前の課題
A社(従業員数:約5,000名)では、以下の課題を抱えていました。
- 既存のスパムフィルターでは巧妙化する標的型攻撃メールを検知できず
- 研究開発部門の機密情報を狙った攻撃が増加
- 複数の拠点に分散したメールサーバーの統合管理が困難
- 情報セキュリティ担当者の運用負荷が限界
導入内容
業種や規模に関係なく様々なお客様にてご利用いただいておりますというように、A社では以下のメールセキュリティ対策を実装しました。
- クラウド型統合メールセキュリティの導入: 全拠点のメールトラフィックをクラウド経由で統一処理
- AI駆動の脅威検知エンジン: 機械学習による未知の攻撃パターンの検出
- サンドボックス解析: 添付ファイルの動的解析による高精度なマルウェア検知
- ユーザー教育プログラム: 定期的なフィッシング訓練メールの配信
導入後の想定効果
12ヶ月の運用結果では、以下の成果を達成可能な見込みです。
- 脅威検知率99.7%向上: 標的型攻撃メールの検知率が従来比で大幅改善
- 誤検知率85%削減: AIエンジンの学習効果により、業務に影響する誤検知を大幅減少
- 運用工数70%削減: 自動化により、セキュリティ担当者の日常運用負荷を大幅軽減
- インシデント対応時間50%短縮: 統合管理により、迅速な原因特定と対応が可能
➤ 参考文献:企業が行うべきメールセキュリティ対策とは?2025年対策と製品選びのポイント
シナリオ2.中堅金融機関B社:BEC対策とコンプライアンス強化
導入前の課題
B社(従業員数:約800名)における主な課題
- 役員を装った偽の送金指示メールによる金銭被害のリスク
- 金融庁ガイドラインへの対応不備
- 顧客情報を含むメールの適切な管理体制の不足
導入内容
- なりすまし検知機能: DMARC、SPF、DKIMの統合認証
- 送金関連メールの特別監視: AIによる異常パターンの自動検知
- データ損失防止(DLP): 機密情報を含むメールの自動暗号化
- 詳細監査ログ: コンプライアンス要件に対応する証跡管理
導入後の想定効果
- BEC攻撃100%阻止: 導入後、役員なりすましメールをすべて事前検知
- 監査対応時間80%短縮: 自動生成される詳細レポートにより効率化
- 顧客情報漏えいゼロ継続: DLP機能により、意図しない情報流出を完全防止
まとめ
メールセキュリティは、現代企業における情報セキュリティの最重要課題の一つです。サイバー攻撃の高度化、法規制の厳格化、リモートワークの定着など、企業を取り巻く環境の変化により、従来の対策では十分な防御が困難になっています。
本記事でご紹介した導入ステップと製品選定の観点を参考に、自社の業態と規模に最適なメールセキュリティ戦略を構築してください。特に重要なのは、技術的対策だけでなく、組織的な取り組みと継続的な改善活動です。
セキュリティは一度導入すれば終わりではありません。新たな脅威に対応するため、定期的な見直しと更新を継続し、企業の情報資産を守る強固な防御体制を維持していくことが重要です。
参考文献
- 企業が行うべきメールセキュリティ対策とは?2025年対策と製品選びのポイント – IIJ:
https://ent.iij.ad.jp/articles/5313/
- メールセキュリティ対策比較11選。クラウド型の機能や費用は? – アスピック:
https://www.aspicjapan.org/asu/article/7544
- 【2025年版】メールセキュリティ比較12選!選び方も解説 – ITトレンド:
https://it-trend.jp/mail_security/article/56-0014
- メールセキュリティとは?企業がとるべき対策 – Proofpoint:
https://www.proofpoint.com/jp/threat-reference/email-security
- 企業が行うべきメールセキュリティー対策とは? – 京セラドキュメントソリューションズ:
https://www.kyoceradocumentsolutions.co.jp/column/security/article25.html
- 企業に必要なメールセキュリティ対策は? – インターコム:
https://www.intercom.co.jp/malion/column/email-protection/
- お客様導入事例:メールセキュリティ対策製品 – NEC:
https://jpn.nec.com/mcmail/case.html