第1節 Zscalerとは何か――ゼロトラスト時代の前提条件
「Zscaler(ゼットスケーラー)」は、クラウドを前提に設計されたプロキシ型の Security Service Edge(SSE)/SASE プラットフォームです。2007 年に米国で創業し、2025 年現在は 150 以上のデータセンターを Anycast で結んだ Zero Trust Exchange™ を提供しています。このグローバル基盤により、ユーザーは世界中どこにいても最寄りノードへミリ秒単位で接続し、TLS 通信をフル復号・検査したうえで安全にインターネットや社内アプリへアクセスできます。
1‑1 従来 VPN/境界型セキュリティの限界
オンプレミスのファイアウォールや VPN は「社内 LAN=信頼できる」という前提で設計されています。しかし SaaS とリモートワークが定着した現在、通信の 70 %以上が社外で発生し、従来モデルではラテラルムーブメントやシャドー IT を防ぎきれません。FireEye の 2024 年調査では新規マルウェアの 91 % が TLS を利用しており、SSL 復号が困難な境界防御は“見えない脅威”を抱え続けることになります。
1‑2 Zscaler が採用するゼロトラストモデル
Zscaler は 「ネットワークを信頼せず、通信と ID を信頼する」 というゼロトラスト原則をプロキシで実装しました。ユーザーは社内ネットワークに“所属”せず、アプリケーションも IP アドレスを公開しません。Zero Trust Exchange が双方の間に入り、認証 → ポリシー評価 → インライン脅威検査を 数ミリ秒 で完了させたうえで最短経路を確立します。このため攻撃者が横移動する“面”が物理的に存在しなくなり、マルウェア拡散や内部不正のリスクを抜本的に削減できます。
第2節 プラットフォーム全体像――四つの柱で守る Zero Trust Exchange
2‑1 Zscaler Internet Access(ZIA)
SSE の中核を成すサービスで、Secure Web Gateway/Cloud Firewall/DNS Security/CASB/DLP を Single‑Scan Multi‑Action エンジンで統合。ユーザーが発信する HTTP/HTTPS/各種 TCP・UDP トラフィックを最寄り PoP で復号・検査し、既知/未知の脅威を遮断します。Office 365 や Google Workspace など SaaS 利用時の遅延低減に定評があり、Microsoft 公式ホワイトペーパーでも推奨構成として紹介されています。
2‑2 Zscaler Private Access(ZPA)
従来 VPN を置き換える ZTNA サービス。アプリ単位でセグメントレスにアクセス権を付与し、ポリシー評価後に App Connector が STUN/NAT 越しに双方向接続を確立します。これによりアプリ側はパブリック IP を不要とし、DDoS や脆弱ポートスキャンの足場を排除できます。
2‑3 Zscaler Digital Experience(ZDX)
ユーザー体験をミリ秒単位で可視化する DEM(Digital Experience Monitoring)基盤です。SaaS、UCaaS(Zoom/Teams など)、IaaS のパフォーマンスを数値化し、ネットワーク/デバイス/アプリ側のボトルネックを AI が判別。リモートワーカーの「遅い」を Help Desk が即座に切り分けられます。
2‑4 Posture Control(ZPC)
2024 年に追加された CNAPP 群。AWS/Azure/GCP のワークロードや Terraform テンプレート、コンテナイメージを静的・動的に分析し、脅弱設定・ハードコード認証情報・脆弱ライブラリをシフトレフトで排除します。DevSecOps パイプラインと統合し、ビルド前にリスクを自動ブロック可能です。
第3節 導入メリット――Zscaler が提供する三つの価値
3‑1 セキュリティ強化:ラテラルムーブメントの根絶
IP “面”を消し去る Proxy 型 ZTNA により、攻撃者が内部に侵入しても水平移動できる経路がありません。加えて ZIA のサンドボックスは 150 以上の PoP で同時並列実行し、数万の未知マルウェアを 平均 60 秒以内 に判定。判定結果はリアルタイムで全 PoP に伝播し、グローバル全体を面で防御します。
3‑2 ユーザー体験向上:レイテンシ 40 % 削減
従来のハブ&スポーク VPN と比較した社内検証では、Office 365・Zoom 通信のページロード/ラウンドトリップタイムが 平均 40 % 改善。Anycast によるローカルブレイクアウトと、Zero Trust Exchange 内での TLS オフロードが遅延を大幅に圧縮します。
3‑3 運用コスト削減:ネットワーク機器 70 % スリム化
オンプレ Proxy、VPN ゲートウェイ、次世代 FW の機器投資やメンテナンスが不要になります。ある国内製造業(ユーザー 25,000 人)は、ZIA/ZPA へ切り替えたことでネットワーク保守費を 年間 3.4 億円 削減しつつ、SOC 要員を 30 % 再配置できたと報告しています。
第4節 導入ステップとベストプラクティス
4‑1 PoC(概念実証)フェーズ
- 通信ログ把握:既存 Proxy・FW で 1 カ月分のフローを取得し、クラウドサービス/シャドー IT の利用実態を可視化します。
- スプリットトンネル設計:POC ラボでローカルブレイクアウト時の帯域消費量と SaaS 遅延を測定し、ZIA 移行後のネットワーク設計を最適化します。
- ユーザープロファイル定義:部門ごとの業務アプリとリスク許容度を整理し、ZPA でアプリ単位にポリシーをマッピングします。
4‑2 段階的ロールアウト
- Phase 1:IT 部門 500 名を対象に ZIA を展開し、TLS 復号率・可視化ダッシュボードを検証します。ZDX でユーザー体験を同時観測し、不具合発生ポイントを洗い出します。
- Phase 2:全社 ZIA 拡大と並行して ZPA をパイロット。重要度の低い社内アプリから ZTNA 化し、アイデンティティ連携/MFA を徹底します。
- Phase 3:WAN リプレースとして SD‑WAN と連携し、バックホールトラフィックを 80 % 削減後、オンプレ FW/Proxy を撤去します。
4‑3 運用自動化
ServiceNow IntegrationHub や Terraform Provider を活用し、アプリ追加・ポリシー変更・証跡取得を IaC 化。CI/CD パイプラインへ組み込むことで、1 日数千件のポリシー更新をヒューマンエラーなく即時反映できます。
第5節 最新ロードマップ――生成 AI 時代の Zscaler
5‑1 AI Activity Visibility & Control
ThreatLabz が検出した 生成 AI ツール利用 3,000 % 増 を受け、2025 年版 ZIA には OpenAI/Gemini/Claude など主要 LLM サービス専用のカテゴリ制御と DLP テンプレートが追加されました。プロンプト内の機密語句を検出してアップロードをブロックし、AI チャット履歴を JMESPath で自動マスキング保存するなど、データ漏えい対策を強化しています。
5‑2 Post‑Quantum TLS(PQ‑TLS)
NIST が選定した CRYSTALS‑Kyber をベースにした PQ‑TLS オプションが 2025 Q3 からプレビュー提供予定。Zero Trust Exchange の PoP ごとにハードウェアアクセラレータを実装し、量子耐性を確保しながらレイテンシを 5 % 以内に抑える目標を掲げています。
5‑3 Edge Compute for ZTNA
エッジランタイム(WASM)を PoP 内に配置し、ユーザー近接ノードで ID/コンテキストベースルーティングを動的決定。これにより新興市場でも一貫したレイテンシとコンプライアンス要件を両立します。
第6節 競合比較と導入判断のポイント
6‑1 主要競合との機能差
項目 | Zscaler | Palo Alto Prisma Access | Netskope | Cisco Secure Access |
---|---|---|---|---|
PoP 数 | 150 + | 120 | 70 | 80 |
フル TLS インスペクション | ○(SSMA) | △(一部オフロード) | ○ | △ |
ZTNA 実装方式 | Proxy & AppConnector | FW‑as‑a‑service | Proxy | AnyConnect‐based ZTNA |
DEM 機能 | ZDX(内製) | ADEM(買収統合) | なし | ThousandEyes(外部連携) |
CNAPP 統合 | Posture Control | Prisma Cloud(別ライセンス) | SSPM のみ | Panoptica(β版) |
6‑2 選定チェックリスト
- PoP カバレッジ:海外拠点数と通信遅延 SLA を突き合わせ、Anycast ルーティングの効果を事前検証しましょう。
- TLS 復号率:貴社で利用する SaaS/IaaS のドメイン数と証明書バージョンを洗い出し、PoC で復号率 95 % 以上を確認することが望ましいです。
- API/IaC 対応:運用自動化を見据え、Terraform など DevOps ツールとの統合深度を比較します。
- ライセンス更新率:同業他社の DBNRR(継続利用率)を調査し、プラットフォームとしての将来性を測ります。
まとめ
ゼロトラストとクラウドシフトが加速する 2025 年、Zscaler は 「ネットワークをロケーションから解放し、セキュリティをクラウドに集約する」 というビジョンを体現するプラットフォームへと成熟しました。ZIA/ZPA/ZDX/Posture Control の四本柱は、フル TLS 復号・プロキシ型 ZTNA・ユーザー体験可視化・CNAPP を一気通貫で提供し、SSE の枠を超えた総合ゼロトラスト基盤となっています。
導入に際しては PoC → 段階的ロールアウト → 運用自動化という三段階を踏むことで、セキュリティ強化・ユーザー体験向上・運用コスト削減を同時に達成できます。生成 AI やポスト量子暗号といった新しい潮流にも迅速に対応しており、中長期にわたり投資価値を維持できる点も大きな魅力です。
Zscaler の詳細な導入手順や社内説得資料のサンプルが必要な場合は、ぜひお問い合わせください。貴社環境に最適化したユースケースと移行プランを無償でご提案いたします。