
はじめに
記事をご覧いただき、ありがとうございます。
AIセキュリティ合同会社の越川と申します。
私は10年以上にわたり、ウェブアプリケーション開発からサーバー構築まで幅広く経験し、現在はシステムの安定稼働、データ保護、サイバー脅威対策といった分野に注力しています。この経験を通じて、現代のビジネス環境におけるデータの重要性と、それを保護する必要性を日々痛感しております。
特に、クラウドファーストの時代において、従来の境界型セキュリティモデルだけでは対処できない課題が顕在化しています。生成AIの活用拡大に対応するため、OpenAIのChatGPT Enterpriseとの連携や、企業が安全にAIイノベーションを推進できる環境の構築が急務となる中、包括的なクラウドセキュリティプラットフォームの重要性がますます高まっています。
そして、このデータ保護と脅威対策を統合的に実現する上で、今や欠かせない存在となっているものの一つが、本稿のテーマである「Netskope」です。
本記事では、「Netskopeとは何か」という疑問を持つセキュリティエンジニアや情報システム部門の担当者に向けて、製品の概要から具体的な導入方法まで、実践的な観点で詳しく解説します。
Netskopeとはなにか
クラウドセキュリティプラットフォームの概要
Netskope(ネットスコープ)は、2012年に設立されたアメリカ・カリフォルニア州発のクラウドセキュリティ企業が開発する、包括的なセキュリティプラットフォームです。2024年にGartner®社のセキュリティ・サービス・エッジ(SSE)のマジック・クアドラントでリーダーの1社として評価されており、業界でも高い評価を受けています。
Netskopeは、クラウドアクセスセキュリティブローカー(CASB)、データ損失防止(DLP)、ゼロトラストネットワークアクセス(ZTNA)、セキュアWebゲートウェイ(SWG)といった複数のセキュリティ機能を単一プラットフォームで提供します。
アーキテクチャの特徴
Netskopeの最大の特徴は、グローバルに分散されたクラウドプロキシネットワーク「NewEdge」を基盤とした アーキテクチャにあります。NewEdgeは75以上の地域にあり、MicrosoftやGoogleなどの大手プロバイダーと約4,000のネットワーク隣接関係を持っており、低遅延かつ高可用性を実現しています。
以下のイメージ図は、Netskopeの基本的なアーキテクチャと主要機能を示したものです。
【イメージ図】
図に示すように、ユーザーからのクラウドアクセスは全てNetskopeクラウドを経由し、インラインプロキシとAPI連携による二重のセキュリティ制御を実現しています。これにより、従来の直接アクセスでは把握困難だったクラウド上でのデータ操作も詳細に監視・制御できるようになります。
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CASB(Cloud Access Security Broker)
企業や組織がクラウドサービスを利用する際のセキュリティを確保するためのソリューションです。
従業員によるクラウドサービスの利用状況を可視化し、アクセス制御、コンプライアンス、脅威防御などの機能を提供し、情報漏洩や不正アクセスなどのリスクを軽減します。 -
DLP(Data Loss Prevention)
組織が保有する機密情報や個人情報などの重要データを、不正な漏洩、紛失、または不正使用から保護するためのセキュリティ対策のことです。
DLPは、データが組織内外でどのように使用、共有されているかを監視し、機密データの流出を検知・防止する技術やソリューションを指します。 -
ZTNA(Zero Trust Network Access)
ゼロトラストセキュリティの概念に基づいたネットワークアクセス技術で、「何も信頼しない」という原則を基に、ユーザーやデバイスのアクセスを厳格に制御するものです。
従来のVPNのように一度認証されたら無条件に信頼するのではなく、アクセスするリソースごとに認証と認可を繰り返し行うことで、より安全なアクセスを可能にします。 -
SWG(Secure Web Gateway)
組織のネットワークとインターネット間の通信を監視・制御し、ウェブベースの脅威から保護するためのセキュリティソリューションです。
ユーザーがインターネットを安全に利用できるように、ウェブフィルタリング、マルウェア対策、アクセス制御、データ損失防止などの機能を提供します。
なぜNetskopeが活用されるのか
クラウドセキュリティの可視化
従来のファイアウォールやプロキシサーバーでは、暗号化されたクラウドトラフィックの詳細な内容を把握することは困難でした。Netskopeは、SSL/TLS復号機能により、暗号化通信の中身まで検査し、以下のような詳細な情報を可視化できます。
- どのユーザーが、どのクラウドサービスを利用しているか
- どのようなファイルがアップロード・ダウンロードされているか
- 異常なアクセスパターンやリスクの高い操作の検出
シャドーIT対策
企業が承認していないクラウドサービスの利用(シャドーIT)は、データ漏えいや法的リスクの原因となります。Netskopeは、35,000以上のクラウドアプリケーションを識別し、リスクスコアに基づいた制御が可能です。
ゼロトラスト実現への貢献
組織がデータの所在や移動に関係なく、すべてのデータを可視化、制御、保できる環境の実現により、ゼロトラストセキュリティモデルの実装を支援します。ユーザー、デバイス、アプリケーション、データのコンテキストを総合的に評価し、動的なアクセス制御を提供します。
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SSL/TLS復号機能
インターネット通信時に暗号化されたSSL/TLS通信データを一時的に復号(元に戻す)して内容を検査し、マルウェアやその他の脅威を特定するセキュリティ機能のことです。
復号によって検査ツールが通信内容を確認できるようになり、暗号化された悪意のあるデータを検出して、ネットワークの安全性を保つことができます。 -
シャドーIT
企業が公式に許可していない、あるいは従業員が利用していることを企業側が把握していないIT資産(デバイスやサービス)のことです。
具体的には、従業員が個人所有のスマートフォンやパソコン、クラウドサービスなどを、企業の許可なく業務に使用している状態を指します。
Netskopeの具体的な導入ステップ
Phase 1: 要件定義と現状分析(1-2週間)
導入の第一歩は、組織の現状と要件を明確にすることです。
- 現在のクラウド利用状況の把握
・承認済みSaaSアプリケーションの棚卸し
・ネットワークトラフィック分析によるシャドーITの特定
・データ分類と重要度評価
- セキュリティ要件の定義
・業界固有のコンプライアンス要求(金融業界のPCI DSS、医療業界のHIPAAなど)
・データ損失防止ポリシーの策定
・ユーザーアクセス制御ポリシーの設計
Phase 2: PoC(Proof of Concept)実施(2-4週間)
本格導入前にPoCを実施し、実環境での動作確認を行います。
- パイロットユーザーグループの選定
・ITリテラシーの高いユーザーから開始
・段階的に対象範囲を拡大
- 基本機能の検証
・クラウドアプリケーションの可視化精度
・DLPポリシーの検出精度
・ネットワーク遅延の影響評価
Phase 3: 本格導入(4-8週間)
PoCの結果を踏まえ、本格的な導入を実施します。
- ネットワーク設定とポリシー実装
・プロキシサーバーの設定(PACファイルまたはエージェント配布)
・API連携の設定(Microsoft 365、Google Workspace等)
・セキュリティポリシーの段階的適用
- ユーザー教育とサポート体制整備
・エンドユーザー向けトレーニング実施
・ヘルプデスク体制の構築 運用手順書の作成
Phase 4: 運用最適化(継続的)
導入後は、継続的な監視と最適化を実施します。
- パフォーマンス監視
・ネットワーク遅延の定期的な測定
・ユーザーエクスペリエンスの評価
・セキュリティインシデントの分析
- ポリシー調整
・誤検知の削減
・新しいクラウドアプリケーションへの対応
・定期的なセキュリティポリシーの見直し
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PAC(Proxy Auto-Configuration)ファイル
Webブラウザなどが通信時に利用するプロキシサーバーを、URLやホスト名に基づいて動的に決定するためのJavaScriptで記述されたスクリプトファイルです。
ブラウザは、アクセスするURLに応じて「プロキシサーバーを介して通信するか、それとも直接通信するか」を判断し、最適なネットワーク経路を自動で選択できます。
Netskopeのメリット
統合プラットフォームによる運用効率化
従来は複数のセキュリティソリューションを個別に運用する必要がありましたが、Netskopeは単一のプラットフォームでCASB、DLP、ZTNA、SWGの機能を提供します。
これにより、運用コストの削減と一元的な管理が可能になります。
高精度なデータ保護
機械学習アルゴリズムを活用したDLP機能により、従来のキーワードベースの検索では検出困難な機密データも高精度で識別できます。特に、文脈を理解した検出により、誤検知の削減と真の脅威の確実な検出を両立しています。
クラウドネイティブな拡張性
オンプレミス型のセキュリティソリューションとは異なり、クラウドベースのアーキテクチャにより、組織の成長に合わせて柔軟にスケールできます。新しい拠点やリモートワーカーの追加も、追加のハードウェア投資なしで対応可能です。
主要CASB/SSE製品との比較
活用方法
シナリオ1.大手金融機関のデータガバナンス強化
大手金融機関では、規制要件への対応とリモートワークの拡大により、クラウド上での機密データ管理が重要な課題となっていました。
導入前の課題
- 複数のクラウドサービスで分散管理されている顧客データの可視化不足
- 従業員による個人クラウドサービスの無断利用(シャドーIT)
- 金融庁のガイドラインに対応したデータ所在管理の必要性
導入内容
- NetskopeのCASB機能により、Office 365、Salesforce、Box等の主要クラウドサービスを統合監視
- 機械学習ベースのDLP機能で、顧客の個人情報や取引データの自動分類・保護
- ZTNA機能による段階的アクセス制御の実装
導入後の想定効果
- シャドーIT利用の90%削減を実現
- データ漏えいリスクの大幅な低減
- 監査対応工数の60%削減
シナリオ2.グローバル製造業の統合セキュリティ管理
導入前の課題
- 世界20カ国の拠点で異なるセキュリティポリシーが運用されている状況
- 各拠点で使用するクラウドアプリケーションの統制不足
- 技術情報の漏えいリスクに対する懸念
導入内容
- 全拠点共通のセキュリティポリシーをNetskopeで一元管理
- 設計図面やCADデータなどの技術情報に対する高精度DLP適用
- 地域別・部門別のアクセス権限管理
導入後の想定効果
- セキュリティ管理の標準化により、運用コストを40%削減
- 技術情報の適切な分類と保護により、知的財産の保護を強化
- 監査・コンプライアンス対応の効率化
シナリオ3.教育機関のセキュアな学習環境構築
導入前の課題
- 学生・教職員による多様なクラウドサービス利用の実態把握困難
- オンライン授業拡大に伴う情報セキュリティリスクの増大
- 研究データの適切な管理・保護
導入内容
- 学生用・教職員用のアクセス権限を詳細に区分
- 研究データや個人情報を含むファイルの自動検出・保護
- 教育目的での適切なクラウドサービス利用を可能にする柔軟なポリシー設計
導入後の想定効果
- セキュリティインシデントの85%削減
- 研究データの適切な分類・管理により、産学連携の促進
- ITガバナンスの強化による効率的な運用体制の確立
まとめ
Netskopeは、クラウドファーストの時代におけるセキュリティ課題を包括的に解決するプラットフォームとして、多くの企業で導入が進んでいます。特に、以下の特徴により、従来のセキュリティソリューションでは対応困難な課題に対応できます。
主要な価値提供
- 可視化: 35,000以上のクラウドアプリケーションの詳細な利用状況把握
- 制御: 機械学習による高精度なデータ分類・保護
- 統合: CASB、DLP、ZTNA、SWGの一元管理
- 拡張性: クラウドネイティブな柔軟なスケーリング
導入成功のポイント
導入を成功させるためには、十分なPoC期間の確保、段階的な展開、継続的な運用最適化が重要です。また、エンドユーザーの理解と協力を得るため、適切な教育とサポート体制の整備も欠かせません。
今後も、ゼロトラストセキュリティモデルの普及、AI・機械学習技術の進歩、新しいクラウドサービスの登場に対応して、Netskopeは継続的に機能拡張を続けています。組織のデジタル変革を安全に推進するため、包括的なクラウドセキュリティプラットフォームの導入を検討される際は、Netskopeを有力な選択肢として評価することをお勧めします。
参考文献
- Netskope 公式サイト:
https://www.netskope.com/
- Gartner 公式サイト:
https://www.gartner.com/
- Netskope Data Sheet – Security Service Edge Platform:
https://www.netskope.com/resources/data-sheets/netskope-security-service-edge
- IDC 公式サイト:
https://www.idc.com/
- Netskope Threat Research Blog:
https://www.netskope.com/blog/
- NIST Cybersecurity Framework:
https://www.nist.gov/cyberframework
- Cloud Security Alliance 公式サイト:
https://cloudsecurityalliance.org/